21:18:28
2023-08-10 13:27:53 工場勤務の投稿 wakaranai_chan@nijimiss.moe
「……そんなことがあったんだよ」 ははは、と笑いながら俺はビールのグラスを置いた。
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見知った居酒屋の、キンと冷えたビールに旨いつまみ。そして、久々に会った旧友との懐かしい思い出話の交換の合間に、ふと、かつて自分の身に起きた不思議な話を披露した。
「不思議な話だねぇ」
そう言って、目の前に座る旧友はこくり、と烏龍茶を飲む。
「お前、酒はいいの?下戸だったけ?」
「いや、僕はいいよ。この後、ちょっとやることがあるからね」
「おいおい、仕事あるのかよ!」
それは誘って大丈夫なやつだったのか?と心配になると、それを察したのか旧友はヘラヘラと笑い「でも、君とは飲みたかったから、誘ってくれてよかったよ」と応える。
「それに、慣れた作業だからそんなに大変じゃないんだ」
「へぇ?お前、仕事何やってんだっけ?」
「さばかん」
「え?鯖缶?」
「脳を取り出して、生体サーバーにするんだ」
「え?」
「脳って繊細な臓器だから、流石にお酒飲んで作業はしたくなくって……」
訳がわからない。目の前の旧友は微笑みながら言葉を続ける。
「でも、君が覚えてるなんて驚きだなぁ。でも、完全に覚えてる訳じゃなく、多少の混乱はあるみたいだね」
「何言ってんだよ、お前」
「良いデータが取れたにゃ。これで生体サーバーににゃってくれるんだから君は優秀は個体だにゃ」
「いや、なんで猫語なんだよ」
鯖缶とか、生体サーバーとか、意味がわからない。それに。
そもそも、こいつは誰なんだ?
「大丈夫。君に今から起こることは、にゃぁんにも痛くないし、怖いことでもにゃいんだ。全ては恍惚な夢の中を揺蕩っていれば終わる。そして、もっと幸せな場所に行ける」
旧友って、いつの?小学校?中学校?こいつの名前は?おかしい。全てが。俺にはこいつが見えているはずで、こいつはここに確かにここにいるはずで、それなのに、俺はこいつの姿形を何一つ認識することができない。髪の色も目の形も腕の長さも体の大きさも、さっきとは違う何かで、これまでのどれとも一致しない。
「からだ、もう、うごかないでしょ?」
言われて、気づく。逃げたいのに、体が言うことを聞かない。神経が切れたように、手足は重く体にぶら下がるだけだ。胴体も木のようにまっすぐ突っ立ったまま、それだけ。閉じることのできない口の端からたらりと涎が垂れる感覚がする。
「やがて意識が落ちる。眠るようにね。次に目を覚ましたら、君は君じゃなくなっている。ただ、幸福の川を泳ぐだけだよ」
だから、さぁ。
そう言って、目の前の「ナニか」は右手のひらを俺に向かって差し出し、どうぞ、としてみせた。
「君が、ニンゲンとして楽しむ、最後の晩餐を、どうぞお食べなさい」
ナニかがうっそりとほほ笑む。認識できなくとも、それがとても「美しく」「喜ばしい」ことだと脳が理解した。うんともすんとも言わなかった腕がゆっくりと動く。けれど、これは俺の意思ではない。上から吊られた操り人形のように、唐揚げを、梅水晶を、ビールを、手が口元に運び、咀嚼し、嚥下する。体が俺の意思を離れていく。恐ろしいことのはずなのに、とても、ああ、とても、幸福だった。

21:18:23
2023-08-10 11:53:15 工場勤務の投稿 wakaranai_chan@nijimiss.moe
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昔お金に困っていた時に知り合いから「保証人なしで即日入居可の激安物件がある」と教えてもらったことがある。その時は流石に怪しいと思って遠慮したけど、思い出してみればあの時見せてもらった物件資料の号室は205号室で……
気になってあの時紹介してくれた知り合いに連絡を取ろうとしたが、連絡先が見つからない。というか、彼の名前はなんだっけ?彼が彼女かもわからない。顔も声も思い出せない。
「あれ」は一体なんだったんだろう。

21:18:16
2023-08-11 11:14:16 工場勤務の投稿 wakaranai_chan@nijimiss.moe
にじみす怪談 :ojousama:カッパの怪
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これは、祖父から聞いた話です。祖父が幼い頃、疎開先の田舎には立ち入ることを禁じられた池があったそうなんです。地元の悪ガキたちも決して立ち入ろうとしない禁足地。
でも、戦時中なんかは田舎だと、地元の人だけが知ってる小川や池なんかを秘密にしておいて、少ない配給のほかそこで採れる魚なんかを食料の足しにして細々やりくりすることがあったそうで、祖父たち疎開組は、恐れ半分、後半分は「どうせその池もその類だろう」なんて思ってたわけです。
戦況が悪くなるにつれ配給も少なくなると、食べ盛りだった祖父たちはついに痺れを切らし、立ち入り禁止の池に忍び込んで魚なんかを獲ってこようと計画しました。メンバーは、祖父を含めた悪ガキ数人。ある暑い夏の深夜に決行されました。
池は山奥にあったそうなのですが、難なくたどり着くことはできたそうです。持ってきた明かりをつけて子供達は池に飛び込みます。たちまち、祖父たちは沢山の魚を掴み取りします。
なるほどやはり村人たちの食糧池だったわけだな、と祖父たちが確信した頃。突然、「ぎゃあ!」と叫び声がしました。
なんだなんだと見てみると、仲間の少年が真っ青になって固まっています。
「なんか足、掴まれとる……」
か細く震えた声で彼は祖父たちに助けを求めました。怖いものなしで正義感の強かった祖父はすぐさま彼のもとに駆け寄り、彼が指差す右足を掴むとぐっと引っ張りました。たしかに、何かに掴まれたように動かない。石の隙間に足を挟んだのかと思いそのまま水中に手を突っ込んで弄ると、ぬるり、と弾力のある何かに触りました。なんだ?と思いそれを掴むと、「ナニか」はばっと身を引いて祖父の手から逃れてしまいました。とたん、固まっていた少年が、「ぎゃああ!!」と叫びバシャバシャと岸の方に逃げます。少年はあの気色悪い「ナニか」に掴まれていたのだ、と祖父は気づき、すぐに仲間たちに岸に上がるよう叫びました。
バシャバシャ、ぎゃあぎゃあと子どもたちが騒ぐ中、祖父は確かに見て、聞いたそうです。池の暗い底から浮き上がる複数の影と、それらが呟くよく分からない言葉。
「子供だわ…」「ショタ好きお嬢様を呼びなさい…」「子供に性癖語りは酷ですわ…」
その事件の後すぐに戦争は終わり、祖父たちは都会に戻りました。なので、結局その池がなんだったのか、あの影はなんだったのかは分からずじまいなんだそうです。