おれもももたさんを想像していたみたらしい
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
ティーフリングのセレスチャル・ウォーロックのルキウスと仲間の出会いの物語。
https://dndjp.sakura.ne.jp/OUTPUT.php?ID=40346
===
どうにもチグハグな印象を受ける我ら。それにしても変わったものたちが集まったものだ。どうやら自分を含めて様々な事情からあの忌まわしきダーク・エルフに売られ、地下へと幾重にも重なるいと深き地獄の世界へとその身を落とされたようだ。地下水で出来た河辺に流れ着いた荷物を漁りながら、ルキウスは同胞たち――仲間と呼べるかはまだわからない――を眺めやった。
美形と言っていいだろう。祝福をもたらす神官。オールフリーと名乗ったか。歳を感じさせない肌、その声色からおそらく女性だろうとはあたりを付けているが、もしかしたら男性かもしれない(『己』を自切して神に仕えるものがいるという噂を聞いたことがある)。
そしてここらあたりではあまり見ない目鼻立ちの女性。名前の音も変わっている、チュウ。腰の動きが一定の高さからずれないのは武門を志すものにはよく見られる特徴だが、寡黙ながら歩き方に品があるのでもしかしたら高貴な血筋なのかもしれない。
その奥で重そうなモールを抱えているのは熊。そう、まさしく熊だ。熊が深く静かに響くテノールヴォイスでステラと名乗ったときは自分の正気を疑ったが、恐らくいずこかの蛮族の出なのだろう。自らのトロフィーとして仕留めた獲物から得たもので身を飾る風習があったはずだ。ルキウスよりも三周りは大きい熊を倒したとすればその実力は折り紙付きだろう。
革袋の口を覗きながら酒が恋しいと愚痴っているウッドエルフはヨイドレ。エルフ語に造形はないが、その名前の響きはまさしくその様を表しているのかと内心苦笑してしまった。滑りやすい水路にも関わらず、足元の悪さを全く意に介せずあちらこちらの革袋を漁っているその動きは、密偵であるルキウスにはよく見慣れたものだった。恐らくはローグの心得があるのだろう。
「どうです? そこのティーフリングさん……えっと、ルキウスさんでしたっけ? あちらのエルフさんが酒を見つけるかどうか賭けませんか?」
諧謔味を帯びた声色で話かけてくるオールフリー。先程このアンダーダークの先住民の灰色ドワーフにも賭けをふっかけていた気がする。黙っていれば清楚にすら見えるその美貌と、粗野にすら思えるその話のちぐはぐさに混乱しながら。とりあえず拾い上げたブーツを逆さに振る。
「残念。隠し財布もすっからかんのようですね」
「ははは、困ったものですね。ところであなたはどうしてドラウなんかに?」
ふむ。こちらが本題か? こちらを伺う瞳はあくまでににこやかで、その意図は読みきれなかった。もう片方のブーツを探そうと河に視線を落とすと、そこにはこめかみからぐるりと太く一対の角が見えた。そして光を映さない、まるでこの水面にも似たただ黒いだけの目も。悪魔の子、地獄の血脈という種族はまさしくこのアンダーダークにふさわしいようにも思える。幸運にも、そして不運なことにアンダーダークに来たのは初めてだったが。
「私もドラウに売られたクチですよ」
皮肉げにならないように気をつけたつもりだったが、それでも幼いころから自らの姿を隠したいと思っていたルキウスの口調は自分でも想像以上にきつく聞こえてしまったようだ。
「奴隷狩りか?」
割り込んできたチュウの涼やかな声はかすかに労りの影を感じた。自分が感じたかっただけかもしれないが。
「ああ、失礼。そういうことでは……」
慌ててもにょもにょと口ごもるオールフリーも、悪い人物ではないのだろう。ルキウスは彼女?(彼?)を安心させるように微笑んだ。
「いえ、こちらこそ申し訳ない。どうにもこの姿ですからね」
「俺は、店のもの壊してしまった。そして借金で自分を売ったら、売られた先がドラウだった」
軽々とモールを担ぎながら、その腰に錆びた手投げ槍を下げて熊が――いや、ステラが川緑に腰掛けた。
「お前も何か壊したのか?」
「それにしちゃぁ、ちっと腕力が足りなそうだけどな」
カチャカチャと金属で出来た鈎棒をこすり合わせながら、ヨイドレもこちらに向かってきた。盗賊道具のサビを落としているのだろう。
「いやぁ、まあなんです。ちょっとした犯罪で捕まりまして」
「賭けの借金でも踏み倒しましたか?」
さてどうしようか。このアンダーダークからどうにか地上に戻るすべを探すにあたって、同じ境遇に身をやつした同胞たちの信頼は不可欠だろう。そう、信頼を得る術は知っている。信頼を得るならば、基本的に本当のことを話しながらいくつかを話さないことにつきる。その本当のことが重大であればあるほど、他の瑣末事など気にならなくなるものだ。
「まあ私はとある都市の文官として暮らしていたわけですが。よくある領主同士のごたごたの中で……なんだ、その。身分を偽ってたことがバレてしまいましてね」
全員が驚いた顔でこちらを眺めやる。とりあえず初手は成功といったところか。
「いわゆる間諜ってやつです」
子どもの頃から、このティーフリングという血が嫌だった。何も気にせず遊んでくれる親友はいたが、それ以上に人に近く人ならざるこの姿を見て勝手に怯え、勝手にこちらの境遇を想像してくるやつばらは遥かに多かった。誰かをいつか傷つけるだろうと言われるのが嫌だった。
だから望んだのだ。姿を変える術を。誰かを癒せる光を。
瞳のないただ深く黒いこの目は、かすかだが世界のほころびを見通せた。この世界に重なったり離れたりする、近くて遠い異界のイメージを捉えることができたのだ。そんな中、月夜にだけ見える女性の幻影が、その優しい光で大地を癒やす様を観た。夜の帳の中で木々をオーガに見誤らせ、妖精の撒く明かりを蛍の姿に変えるのを観た。あの力が欲しかった。その思いだけで、そっと女性のローブの裾を夢の中で掴んだのだ。そこについていたビーズがぷつりと音を立てて掌の中に残ったとき、自分はウォーロックとしての力に目覚めた。そしてこの世ならぬ異界の女神『癒やしのミシャカル』は、自らの術のいくつかを盗んだ子どもを見て、優しく笑ったのだ。
そして変装の幻術と癒やしの光を得た自分は、時には人間のルーファウスとして、時にはエルフのルキアンとして、時にはハーフ・オークのルスとして……そして時にはティーフリングのルキウスとして。自由に過ごすことができるようになった。自らの血脈という鎖から解き放たれた自分は、真実を知る数名の親友と、偽りしか知らない多数の友人と、何も知らない市井の人々の流れの中を泳ぐように暮らしていた。そして歳を重ね、『ルキウス』を知る数少ない親友が領主となったときに。頼まれたのだ。隣国の間諜となることを。
「――とまあこういう経緯でして。失敗しましたよ。まあどこの紐付きかまではわからなかったようですが」
丹念に痕跡は消してきた。拷問されてどうにか絞り出されたように見せた情報はすべてデタラメだ。しかも数日やそこらでバレるようなものではない。嘘をつくときのコツは、本当のことをひとつまみだけ入れておくことだ。
あの日、義理の父はこう言った。
「全てを知っていた娘との最後の約束に於いて、貴様は殺さぬ」
拷問でフラフラになったルキウスの首を締めあげながら。憎しみと深い悲しみのこもった声で。「だが、地獄に落としてやる……二度と這い上がれぬように」
あの日失った命は、自分よりも尊いものだった。自分の人生には重すぎて、そして大事すぎるものだった。共に逃げていた妻、ただ一人の女と共にあの槍に貫かれた時に。一緒に死ねたらよかったのだ。それでも生きてしまったのならば、せめて彼の元に帰らねばならない。
『ルキウス』を知ってしまった彼らを、自分は果たして信じられるのだろうか。子どもの頃以来久しぶりに抱く不安を押し殺し、ルキウスはにっこりと微笑んだ。
「さて、皆さんはどうしてドラウなんかに?」