護衛艦「いずも」
全長248m。全幅38m。主要並走、高性能20mm機関砲2基、対艦ミサイル防御装置2基、魚雷防御装置1式、哨戒ヘリコプター X7
多用途機 X2。石寺艦長の勤務指針、「仁義」。
日本の海上自衛隊において史上最大級の護衛艦である「いずも」がアメリカ合衆国の中枢も中枢であるワシントンD.C. ペンシルベニア大通り1600のホワイトハウスに堂々突っ込んだのは、ドナルド・トランプが再び大統領として任期を走り始めてすぐのことだった。「いずも」は、その名の通り白漆喰で塗られた壁を一撃で粉砕し、あろうことか執務室までその船首をめり込ませた。電撃作戦である。
「リメンバー！パールハーバー！！」
執務室で退屈な引き継ぎ書類に目を通していたトランプは、瞬間、思わずそう叫んだ。無理もなかろう。日本政府からの事前通告なぞあるはずもなく空母級の戦艦がアメリカ合衆国の領地を侵犯していると言う状況である。
（なぜ我が国がここまでの侵入を許しているのか？そもそもなぜ戦艦が？ホワイトハウスがロスに瞬間移動したと言うのか？コミックスのように？）
トランプの脳内から湧き出る疑問に、腰を抜かしていた側近たちが答える暇もなく（もちろん、場の誰もが状況を理解しているはずもないが）、艦から何者かが姿を現した。
「ハイ、プレジデント・トランプ」
ねっとりと体にまとわりつくような調子。声色から年配の男性であることは分かるが、煙る土埃に隠されてぼんやりと影が見えるだけだ。
「誰だね。ここはアメリカだぞ」
静かな混乱と緊張に包まれる執務室に、謎の男とトランプの声が響く。どのような状況であっても決してブレず力強い調子を保つ、それは、海千山千のビジネスの世界で培ったものだ。
「貴方に、会いたかった」
ゆらゆらと、のっそりと、声と影が近づき、土煙がたち消える。
アジア人。それ以上はトランプには分からない。アジア人らしい糸目（白人から見たら皆そうだ）が柔らかく細められる。
「アイアム　ジャパニーズ　プレジデント」
下手くそな訛りの英語。この訛りは、知っている。
「シゲル　イシバ」
男は、それはもうねっとりと名乗りをあげた。
「シゲル…イシバ…」
トランプは小さく繰り返す。日本の内閣総理大臣と言えばシンゾーだ。しかし、シンゾーは、死んだ。あれから何度か総理大臣は変わったはずだが、そうだった、今代のプレジデントはイシバという人間だったか。
「プレジデント・ドナルド。アジア版NATOをともに構築しましょう」
イシバはそう言って、右手をトランプに差し出した。
お前に、ファーストネームで呼ぶことは許していない。呼んで良いのは。呼んで良いのは、シンゾーだけ。
君に一時間以上も国際電話を繋いだ夜を、君の誕生日を祝った夜を、君を喪った夜を、思い出す。ここに、君はいない。いるのは、ホワイトハウスに突っ込んだ戦艦と無礼な男だけ。寂しいよ、シンゾー。
アジア人特有の、開いてるのか閉じているのかわからない糸目を思い出す。あの、困ったように笑う垂れ目を。例えば、今目の前にいる男のようなーー
トランプは、ハッとした。目の前に立つイシバ。この男の双眸を。シンゾーに似た細いタレ目。そして、その奥に灯る、たしかな信念を！
思えば、シンゾーもはちゃめちゃな男だった。就任したばかりで他国の大統領たちに警戒され距離を置かれるばかりだった自分に、総理大臣飲みの上でありながら懐に飛び込み、「ドナルド」と無邪気に笑って見せた。アメリカ合衆国に庇護されるだけの、力もない東アジアの小国でありながら国際社会を取り仕切る剛腕。国内でも難しい法案を成立させながら長期政権を維持したと聞く。大人しく真面目なだけが取り柄のような顔をして、実にタフで博打も打てる一面もあった。
--流石に、戦艦でホワイトハウスに単身乗り込むバカなどしなかったが。
「話を聞こう、イシバサン」
そう言って、トランプはイシバの右手をとり、硬く握りしめる。
「アジア版NATOを構築しましょう」
ミスタードナルド、とイシバはねっとりと続ける。距離感がおかしな男だ。
「アジア版NATOを」
イシバは繰り返す。ねっとりと。
やれやれ、早速タフな交渉になりそうだ。自分がワクワクしていることが分かる。この感覚は、いつぶりか。
シンゾー、ニホンは手強いな。トランプは、心の盟友にそう語りかけた。