「この色をスポイトしてな、この色をスポイトしてな、イラストにしようと思うんじゃ」
下人は、老婆の答えが安直な色トレスであることに失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑と一緒に、心の中へはいって来た。すると、その気色が先方へも通じたのであろう。老婆はまだ公式イラストからスポイトした色を自分の絵の塗りつぶしに使用しないまま、口ごもりながら、こんな事を云った。
「成程な、公式イラストの色をスポイトすると云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、わしは描いた絵にあとからやたらめっぽうグラデーションマップやトーンカーブで補正をかける。現在、わしが今、スポイトした色などはな、完成データには1つも残っていないんだわ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。」
老婆は、大体こんな意味の事を云った。
下人は、老婆の完成イラストの色をスポイトすると肌色が青みがかった灰色であることに大層驚いた。しかし、これを聞いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。下人は後日最新版のCLIP STUDIO EXの買い切り版を購入した。男がそれまで利用していたSAI2にそのような機能は、存在せず羨ましくなったためである。
しかし、CLIP STUDIOの4.0のリリースが発表されたのは、それから数日後のことである。
下人の行方は、誰も知らない。
Adobe川龍之介 作『誤注文』より