「同時打ちが可能/不可能なキーの組み合わせ情報から、元のキーマトリクスを同定せよ」って普通にアルゴリズム問題として面白そう。
「同時打ちが可能/不可能なキーの組み合わせ情報から、元のキーマトリクスを同定せよ」って普通にアルゴリズム問題として面白そう。
18きっぷで旅行中、最終バスを逃して夜の鳥取砂丘に取り残されたのを思い出した。
QT: https://misskey.04.si/notes/a86yqzng21 [参照]
Logicool K270のキーマトリクス解析してみたら、かなりランダムな配置になってて、3キー同時押し問題が顕在化しづらいように工夫されてるなぁ、と。
ゲーミングキーボードは多キー同時押しのために全キーにダイオードを入れてるから高い、みたいな話聞くたびに(ダイオードそんなに高いか......?)と思ってしまう。1個数円では?
「Nキーロールオーバー」とか「n点入力」とかの定義がブレブレなんで、もう各社スペック表にキーマトリクス載せてほしい。
https://www.sanwa.co.jp/support/faq/kaito?qa_id=10958
>弊社ではキーボードの「F」「D」「S」「J」「K」「L」をメモ帳などのソフトを起動した後、同時に押し一度で6キーすべてが入力されるキーボードを掲載しております。 「F」「D」「S」「J」「K」「L」以外のキーの6個同時入力は入力できない場合があります。
「6点入力」の定義ってそれでええんか......?
数学記号たち:
+ → ズッ友
ー → ズッ友
× → 中学で離ればなれになるが高校で再会する
÷ → 小学校以来会ってない
そして今度はActivityPubでMisskey文化発のカスタム絵文字旋風が吹き荒れるという。歴史は繰り返す。
「統一文字コードの普及」というEmojiが達成した偉業。Unicodeの制定自体は1980年代だからな......。
絵文字といえば00年代のau-KDDIセットの印象が強い(初めて持った携帯電話がそれだったので)。
https://emojipedia.org/ja/au-kddi/type-d-3
2012年ごろにDoCoMo絵文字と統合されて消えてたのか。
"emoji"セットの原点が消えるか......
emojiのunicode収録時の喧々諤々の議論についてはこのシリーズが詳しい(そして第7回で衝撃の展開に)。
https://japan.cnet.com/sp/column_emojipandora/
QT: https://misskey.dev/notes/a80v4y7ux2 [参照]
ドコモ端末固有の単色系絵文字、ついに廃止へ 📱
ドコモからのお知らせ : ドコモ絵文字の提供終了について | お知らせ | NTTドコモ https://www.docomo.ne.jp/info/notice/page/250521_01.html
ドコモからのお知らせ : ドコモ絵文字の提供終了について | お知らせ | NTTドコモ![]()
私の記事を読んだ方が、私の記事より100倍詳細な解説記事を書いてくれました。感謝。
グレッグ・イーガンの「しあわせの理由」のように脳内化学物質の分泌を外部制御出来るようになれば意味を成すのだろうけど。
というか早く外部制御出来るようにならんかな。
自分が酒も煙草もパチンコも競馬もやらないのは興味がない・ドーパミンが出ないからであって、別に自制心の賜物ではない。
「お酒は楽しく適量を」ってのは誰に向けたメッセージなんだろうな。
それが出来る人は最初からそうしてるし、アルコール摂取でドーパミンがドバドバ出る人は、痛いほど理解していても止まれないだろう。
子供の頃、HTMLはハトモルって読むぞ、と父親から教わったはずだが、今「HTML ハトモル」で検索したら一致する情報が見つかりませんでした、だと......?
どうだろうな。
例えば、古典的なアニメーションの表現として、「中身が入れ替わった変わったキャラクター」を表現するために、声だけを入れ替える、というのがある。
これが表現として成立するということは、外見以上に声が同一性を惹起する効果がある、というのは一理ある気がする。
一方で、キャラA, Bのボイスは変えないまま「中の人」に相当するものを入れ替えたとして、そしてそれを公表したとして、どちらに同一性を見い出すかは、「中の人」の情報の量の問題な気がする。
LLMが「知能」を持っているかと聞かれれば、まぁ知能の定義次第ということになろうけど、少なくとも出力に至る過程は人間における「知能」活動との共通点を探す方が難しい(パーセプトロンモデルを使ってることくらい?人間側で証明されてはいないが......)。
「人間の大脳では明らかに思考コストに差があるものが、LLMでは同一コストで出力される」というのは本質的な指摘だと思う。
何らかの情報処理作業が行われていて、その工程というか原理がハッキリと認識できない時、人はそこに「知性」を感じるのかもしれないな。
AI(LLM)登場以前から、コンピューター自体にぼんやりと「知性」を感じていた人はそこまで珍しくもなかった。
少なくとも日本では「メジャー言語の一角ではあるけと、お仕事で使う言語ではない」という時代が長かったのがPython
これはハッキリと覚えているので記録しておくと、2017年に「Ruby Python」とかでGoogle検索すると、(どちらも人気言語であるという前提の上で)「Pythonは海外や学術系では人気だが、国内業務ではマイナーで仕事が少ない」「Rubyは日本国内でメジャーで仕事が多い」という論調のページがほとんどだった。
元凶は、セルシウス温度と絶対温度で異なるゼロ点を持っており、両者に対する差分がどちらも正当なものとして扱われていることにあります。
世界には色んな物理単位がありますが、こういうややこしい関係になっているのは絶対温度と摂氏温度(と華氏温度)くらいのものです。
上の例から分かるように、「温度の高さ」を表現する時と、「温度差の大きさ」を表現する時で、私たちは℃とKの変換を無意識に使い分けています。
というか、そもそも「温度の高さ」と「温度差の大きさ」は本来別の物理量であり、例えば摂氏の場合、前者は「セルシウス温度」後者は「セルシウス度」と厳密には呼び分けるのですが、使い分けている人はほぼいませんし、何より表記が両方℃です。
「コップの水の温度は27 ℃だった」
「2つのコップの水の温度差は27 ℃だった」
さて、「27 ℃」の部分をさっき当てはめた数字に置き換えてみましょう。
2つの文章は両方成立しますか?
それとも何かがおかしいですか?
Q. 温度に関する単位についての悩ましい問題:
27 °C = ___ K
___ に当てはまる数字は?
(つづく)