笹久保伸、ジャズライターにキレる。音楽家を悩ます評論家のパワハラ問題
https://note.com/naoyakoike/n/nf544d1fd37bb
批評家と作家の非対称性について……言葉でない作品を言葉で批評するときの注意など。在学中、期末の批評会で「本来絵やダンスを批評するときは同じように絵やダンスで返さないといけない。でもそれが必ず出来るわけではない(からこうやって言葉を凝らしている)」的なことを言われたと思い出す。
でもまあ、「言葉を凝らす」段階を疎かにしてはならないと思う。言葉を凝らしても掬いきれず残るものが作品だ(それは言葉を使う小説や詩歌でもそう)
音楽は「言葉にできないもの」を音楽に落とし込んでいるので、言葉にできないのです。それを何とか紹介するために誰かが「言葉」にしている、という背景をわかって読んでいないと危険なことになります。音楽家や評論家に心酔するのは音楽を純粋に聴くこととは、かけ離れていきます。
ましてや、音楽家や書き手は色々な言葉のトリックを持っていて、そこには様々な思惑があります。アーティストとの癒着やレコード会社との癒着、自分のブランディングなど様々。なので、皆さんは自分の感性を信じて音楽を聴いてください。