https://misskey.io/notes/anorduuv8g5i04xx
これに近い話で、子供の頃に聞いてずっと心に留めてる多数決についての観点がある。
票が割れて、得票数1位の選択肢に投票した人が半数未満だった場合、この【得票数トップ】は【過半数の人が選ばなかった】選択肢でもあるということ。
だからボルダルールとかがあるんだし、世には消去法的な多数決もあるそうだ。
「これが一番ダメだろ」と思うものに投票して、最多得票の択を排除して、残った選択肢の中でまた「どれ消す?」投票をする…を繰り返すことで、
最終的に択が1つ残る ってやつ。
「みんなが良いと思ったもの」じゃなくて「みんなが良くないと思わなかったもの」を選ぶかんじ。
迂遠だが投票者の納得度は高そう。
こういう視点はいつでも持っていたいし、
多数決のみならず何事に対しても
「裏を返せばこういうことでもあるよね」
「角度を変えるとこういう見方もできるよね」
「こういう側面もあるよね」を考慮したい。
私はありとあらゆる場面でマイノリティになりがちで、
投票行為そのものを憎悪するようにすらなった。
各種SNSに備わってるアンケ機能すら嫌いだ。
グループ旅行の行き先?どのレストランに入るか?どうせ私の推しに賛同する人いないんで私には訊かなくていいっすよ!😄🤚🏻ぐらいのこと内心では思ってる。
私の、私たちの希望はいつだって叶わない。
私の、私たちの意見はいつだって聞き入れられない。
安直な多数決は、その結果を支持するマジョリティどもは、
我々の気持ちがそもそも存在してなかったみたいに、
選ばれたお前らの択が得票率100%みたいに、
参加者全員の総意みてえに掲げやがる。
そういう暴力的な傲慢に圧し潰されてきたんだから
そういう姿勢や態度を避けようとするのは当たり前なんだよな
少数派意見を考慮しないことは過去と未来の自分自身を虐げるのと同じ事なんだから。
東京中華思想の連中がやってる言動を憎悪するのも同根だよ(最初に戻る)
